鷹の道

大学に通っています。中国政治・外交を勉強中。野球を見ます。ソフトバンクホークスを応援することかれこれ14年。

ポピュリズムとは何か

これ昨年のイギリス国民投票あたりからの疑問だったんですよ。

日本の報道で「ポピュリズム政党」などの言葉をたびたび耳にしますが、結局のところポピュリズムとは何なのか? 日本の報道で用いられるポピュリズムは「大衆迎合で中身のない」みたいなニュアンスだと理解しています。いやいや、でも民主主義でやっていく以上、政党が大衆の方を向くこと自体は原理的に問題ないですよね。それにポピュリズム政党の政策を嘲笑できるほど、他の政党は中身の詰まった政策を打ち出せているのでしょうか。こう考えるとやはりツッコミどころの多いフレーズです。

 

というわけで、今日読んだのがこちら。

 

 ポピュリズムの概説書と言える一冊。タイトル通りです。

 

著者によると、現代のポピュリズムは民主主義、自由主義という既成のロジックを用いている点で民主主義社会ならではの現象とのこと。彼らは決して権威主義全体主義を標榜しているわけではなく、ポピュリズムを民主主義の対概念として扱うのは不正確なのです。

日本(に限らず?)のリベラルを中心に、ポピュリズムの台頭を「民主主義の危機」と位置づける言論が散見されますが、民主主義のプロセスによって台頭したポピュリズムを民主主義の敵とみなして拒絶する姿勢は民主主義そのものの否定につながり、ひいては自己否定につながりかねません。たとえそれが自分にとって不本意であっても、選挙によって導出された民主主義の結論は受け容れる。これが民主主義のルールというか、マナーなのではないでしょうか。この点で(ポピュリズムの文脈からは立場が逆ですが)大阪都構想をめぐる住民投票に敗れた時の橋下徹市長の姿勢はとても「民主主義的」であったと言えるでしょう。一方でアメリカ大統領選でトランプが勝った際に抗議(?)デモが行われていましたが、選挙結果そのものに抵抗行動を起こすのは民主主義への反旗と言わざるを得ません。

 

そして、日本の報道におけるポピュリズムの扱いで僕が気になっていたことがもう一つ。なぜか「ポピュリズム」と「極右」は常に同列に置かれています。そもそも何をもって「極右」と定義するのかが漠然不明瞭なのですが、その点は今回は置いておきます。それでなお疑問なのは、「ポピュリズムは極右なのか?」という点。

確かに、各国の事例を見るとポピュリズムと言われる政治集団は濃いめの右寄りであることが多いのは分かります。しかし、それを以てポピュリズム=極右と決めてしまってよいのか。また、それが言えるのであればなぜなのか。この点についても文中に記述がありました。

結論だけ記すと、ポピュリズムは排外的要素が強く、ナショナリズムを喚起する点では「極右」と分類されうるのですが、必ずしも右寄り思考とも言い切れない、ということです。ヨーロッパのポピュリズム政党はフランスの国民戦線はじめ老舗の右寄り政党であることが多いので、ここだけ見るとポピュリズムと極右が結び付きそうなところですが、既得権益(establishment)の対立軸になるというのが現代のポピュリズムの第一義で、既得権益を肥大化させたグローバリゼーションを否定する結果、排外主義的になる、というのがポピュリズムのおおまかな考え方なので、ポピュリズムと極右思想はぴったり重なるわけではないのです。

 

日本では維新の党が台頭したとは言え、既成の政党、政治集団を脅かすようなポピュリズム的政治集団は目下現れていません(維新がポピュリズムなのか自体微妙なところですが)。日本にはestabilishmentへの不満は存在しないのか、あっても投票行動に表れないのか、あった上で既成の政党が受け皿となっているのか、議論の余地がありそうです。ただ、ここ数年の国政選挙で維新と並んで共産党議席を伸ばしている状況や、東京都では小池知事が自民党既得権益と位置づけて公然と敵視することで支持を集めている状況を見るに、日本政治にもポピュリズムの潮流は確実に存在しそうです。